文雄少年は、幕別中学校でブラスバンド部に入ります。パートはトランペット。でも自分の楽器はありません。文雄少年は自分のトランペットが欲しいと思いました。
当時、大人の給料が2万円位の時代に、トランペットは安いものでも8千円以上する贅沢品でした。父親は、「どんなに経営が苦しくても、従業員には絶対に、給料の遅配や欠配をやっちゃならん」という信条を持っていました。そのため、父親自身の給料が出ないということが何度もありま
した。
「うちは会社をやっているとはいうものの、めちゃくちゃ貧乏でした」(上田氏談)。上田家では3カ月も4カ月も給料なしで、過ごしたこともありました。「トランペットを買ってくれ」など、言えるわけがありません。しかも、父親は筋金入りの明治の男。家でもほとんどしゃべりません。
子どものおねだりにほだされるような男ではありませんでした。
それでも楽器が欲しかった文雄少年。なんとかいい方法はないかと、作戦を立てました。そして、あるとき母親に言いました。
「父さん何もしゃべらないし、愛情を感じることができなくて僕は寂しい。めげそう。悲しいんだよね……このままだとぐれてしまうかも・・・」 |
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さらに、メソメソしながら訴えます。
「今、クラブでブラスバンドやってるんだけど、堤防にひとりで行ってトランペットを吹くと、なんか癒されるんだよね」
普段から会話の少ない父親と少年の関係について、少年の胸の内を思いやった母親は、ひたひたと父親を取り巻いて、文雄の切なる胸の内を伝えます。作戦は見事に図に当たり、しばらくしてから、文雄少年は念願のトランペットを手に入れたのでありました。
しかし文雄少年はトランペットを手にした直後、冷静に返り、父親が相当の無理をしてトランペットを買い与えたであろうこと、そして父親の文雄少年への愛情を試すようなねだり方をしたことに後ろめたさを感じ、それ以降、父親に無理な要求は決してするまいと心の中で誓ったのでした。
それにしても……。貧しかったあの時代に、どんな工面をしたものか。親の苦労を子ども心に感じていた少年は、厳しかった父親との思い出の品として、買ってもらったトランペットを今でも大切にし、時々マウスピースを唇に当てるのであります。
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